初めまして、この3月からALBERTにジョインしました最上嗣生と申します。
これまでは理化学研究所脳科学総合研究センターで神経科学、いわゆる「脳研究」をやっていました。特に高等動物の高次視覚野が物体の価値の評価へ寄与をしている様子を調べていました。
さて、そのような研究をしていたものが、ALBERTに加わってからはマーケティング領域の分析をしているわけです。びっくりするほどの違いだと思いますよね?そうです、まずは違いからお話しします。(ほかの方の記事のような実用的な記事は、次回以降にご期待ください。)
研究と今の仕事の一番の違いは仕事のスピードで、これには目を回しました。もちろん人間にできないことをやっているわけはないので、ちゃんと理由があります。研究者にはできないくらい高速で仕事ができる秘密は、「細かいことはいいので結果重視」ということだと思います。研究者の世界では、とにかく細かいことに突っ込まれます。例えばの話ですが、説明変数を30個選んだとします。20個に減らしても60個に増やしてもあまり結果が変わらないことは経験上、そして試してみてわかっています。それでも、学問の世界ではなぜ30個なのかねちっこく突っ込まれます。答えなければ論文が採択されません。1個刻みで全部調べて最良であることをいい、その理論的な理由もつけたりくらいしないと論文査読者は納得しません。それはやればできますが、倍時間がかかります。しかもあらゆる事柄について同様の突っ込みがなされます。一方、こちらの世界ではそんなことは聞かれなかったことに拍子抜けと驚きを感じました。要するに、役に立つかどうかが問題なのでしょう。
次の違いは、変数がなんだかわからないということです。それが何を意味しているのか、空欄は単なる欠測なのか、それとも何か別の意味なのか。欠測は偶然発生するのか。これまで実験科学者をやっていたときは、変数は自分で作るものでしたから、意味が分からないということはありませんでした。一方、ALBERTに入ってからマーケティングの分析をやってみると、まず変数がなんだかわかりません。お客様に聞いてわかるとも限りません。変数自身から調べたりします。
また、こちらではデータは分析の都合に合わせて作られるわけではないので、是非なくてはならないと思う変数がなかったり、要らない変数がたくさんあったりします。要らないものは捨てればいいですが、要るものがないのは苦しいものです。ほかの変数を組み合わせて推定したりします。
しかし実は、実験の最初の計画でないアドホック解析のために変数が足りないことは(厳密にはよくないことではあるけど)神経科学のような未知の要素の多い科学分野ではよくあることです。だからこそ適応できたといえます。
最後のちがいは心構えです。こちらに来てから、お客様への善意ということを意識するようになりました。特に直接のクライアントよりさらにそのお客様、消費者のことをよく考えます。この仕事の結果、ちょっとにやりとしたり嬉しかったりする人が増えるといいと思います。実験室ではもちろんそんなことは考えるはずもありませんでした。
さて、一方脳研究と、今の仕事とで変わらないことも多くあります。
意外と解析技術は変わりません。簡単なt検定から始まって、サポートベクトルマシンやニューラルネットのような機械学習まで解析手法として使うところは同じです。(科学研究は現実を冷静に認識するのが目的ですから、ニューラルネットのような多数の安定状態をもつようなものを私自身は規律として避けていました。複数の安定状態というのはいわば主観のようなものですから。しかし実際は気軽にそういう解析手法を使う人も多かったので、私も馴染んではいました。)
一方、解析技術というだけではなく、行き着く先というのも意外と共通です。
と、いうのは、脳というのは何のためにあるかというと、つまり外界について解析して、その結果から有利な行動を選ぶためにあるわけです。
したがって、脳の働きとは、ほとんど今我々がやっているマーケティングの解析と同じものです。いわば我々の仕事はクライアントの脳になることですから。(決断を代替することはできませんが、視覚野となって市場を「見て」、前頭葉となって仮説を立て、ドーパミン系になって何かをした時の利益を予測するわけです。)
したがって脳についての理論研究というのはほとんど、我々の解析手法の一覧とほぼ同じ構造をしています。神経にインスパイアされたニューラルネットは当然として、ベイジアンの各手法、そしてなによりdeep learningは脳の理論としてよく登場します。(脳の理論として出てこないのはSVMくらいかな。)
私がやっていた実験的な脳研究とは例えると、マーケティングの解析をやっているブラックボックス(例えばアルベルト)を外から見て、突っついて(すなわち実験的に介入して)内部がどんな解析手法を実行しているか推定するというものだったわけです。今度は中身の方になったわけですが、手法と知識は共通です。
だからより進んだ脳の理解の探求と、より進んだ解析手法の探求も同じようなこととなります。
最後に、知識という点での共通もあります。脳研究と心理学研究からもたらされた考えが、今ではマーケティングの分野で必須になっている例があります。たとえば、人は自分の行動の理由を説明できない、無意識や直感で行動がきまるということ、プライミングが無意識に選択に影響を与えること、我々の行動は速く直感的なシステムと遅く意識的なシステムが拮抗する形で支配されていること、反応時間に無意識のバイアスが表れることなどです。これらの知識によりマーケティングは消費者が言葉で語る建前を超えてその心について多少なりとも知ることができるようになりました。
このように多くの知識、方法の共通点があり、マッチする仕事を見つけたと思っています。みなさんもどうですか?いまALBERTでは積極採用中のようです。詳細はこちらをご覧になってください。
The post 神経科学からマーケティングへ…違いと意外な類似 first appeared on ALBERT Official Blog.